【読書メモ】未来の働き方なのかも知れないけどディストピアっぽくてもやもや・・・『データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』
こんばんは。今更ながら読みました。
どんな本?
人間、組織、それから社会について、観測的事実に基づいたモデル化ができたよ、という事例を紹介する本です*1。
論よりデータ
法則を得る、もしくは実証するための、データを効率的・網羅的に定量化できるツールとして、ウエアラブルデバイス、赤外線ビーコン等を使っていて、そういったデータに基づいた理論を講じているのが、本書の特徴であり、特筆されるべき価値です。
おもしろかったので、ネタバレにならない程度にざっくりと、かつわかりやすく3つだけ本から引用した法則を紹介します。
法則1:幸福な人間ほど、身体的活発度が高く、業務成績もいい
法則2:組織のフットワークは定量化でき、軽い組織ほど利益率も上がる
もやっとポイント
1 人間行動の法則が、<今・ここ・私>にすべからく当てはまるわけじゃないだろう
2 みんなでよく動いて幸せになろうよ、ってなんかキモくない?
データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則
- 作者: 矢野和男
- 出版社/メーカー: 草思社
- 発売日: 2014/07/17
- メディア: 単行本
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以下、めんどくさいので、ネタバレしないようにざっくりと紹介して行きますね。
法則1:幸福な人間ほど、身体的活発度が高く、業務成績もいい
まず、いくつかの前提*2があります。
ポジティブ心理学の成果
その人の幸福度(「ハピネス」と呼ぶ)に影響を与えるものとして、遺伝的要因が50%、環境的要因が10%の影響を与えることがわかっているそうです。
環境的要因は、ボーナスとか、住居環境とか、結婚してるかどうかという、私たちが普段「人生のゴール」として設定しているものだけど、10%程度しかない。
そして、残りの40%については、実は、日々の習慣や、行動の選択の仕方に依存しているのだそうです。
特に、「自ら積極的に行動を起こしたかどうか」というのが大きいそうです。また、
幸福な人は、仕事のパフォーマンスが高く、クリエイティブで、収入レベルも高く、結婚の成功率が高く、友達に恵まれ、健康で寿命が長いことが確かめられている。定量的には、幸せな人は、仕事の生産性が平均で37%高く、クリエイティビティは300%も高い。
ことがわかっていて*3、この成果については、ハーバードビジネスレビューでも特集が組まれるほど、社会的なインパクトが大きく、認知度も大きい話なんだとか。
「フロー」と言う概念
「フロー状態」とは、言い換えれば目の前の行為をやりがいのあるものと感じ、自分の能力を発揮して楽しむ経験、あるいはその状況のことである。
心理学者ミハイ・チクセントミハイ教授という人がこの概念の提唱者らしいのですが、もう少し踏み込んだ定義では、
ということであり、経験抽出法(生活時間の中でランダムにその人に自分の状態を質問する方法)という方法で測ることができると。
また、フロー状態に入る時間には個人差があり、1日の4割以上で経験する人もいれば、1日の1割以下しかフローを経験しない人もいる。
すなわち、このフロー状態の頻度が、その人が「ノッてるかどうか」の定量的なモノサシであり、その時間を向上させることが推奨されるわけですね。
まあ、ここまでは有名な話かもしれませんね。
さて、それでは、ウェアラブルデバイス等でこれらとの関係を調べたら、どうだったのか?
まず、加速度が測れるウェアラブルデバイスにて、人間の身体行動の時間履歴の記録、つまり、「その人が今何をしているか」の可視化を行いました。
すると、身体行動の活発度は、ある確率分布に従うことがわかったそうです。
本書では、これを「U分布」と名付けています(後述します)。
ざっくりと説明すると「動いてる時間の頻度はめっちゃ少なく、あんまり動いてない時間の頻度はめっちゃ多い」ってことのようです。
まあ、当たり前のような気がしますね。
そして、この「動いてる時間の頻度の多さ」には個人差があって、つまり「よく動く傾向の人」と「あまり動かない傾向の人」がいますよ、と。
ここまで説明したらもう自明だと思うのですが、
「よく動く傾向の人」 = 「フロー状態」の時間が長い人 = ハピネスの多い人
という傾向になったことが示されたそうです。
さらに、下図のような計測システムで、チームの会話の活発度まで可視化したところ、
「会話時に頻繁によく動く」ことと「積極的に問題解決する」ことの間には相関があり、また、この身体的活発度は、チーム間で伝染してしまうそうです。
バリバリやるチームと停滞するチームが自ずと発生してしまうわけですね。
ハピネスな人は効率的に仕事を行い、収入も高いことはすでに証明されていますので、つまり、経営者側・管理者側としては、従業員の身体的活発度を上げるというマネジメントが有効であることが示されたわけですね。
事実、コールセンターでこういった従業員の活発度を計測する実験をした結果、従業員の活発度を向上させる「ある対策」をしたところでは、しなかった対照群に比べ、受注率が飛躍的に向上した結果となったようです。
ポジティブ心理学の知見が実証されただけでなく、ウェアラブルデバイスにて「いきいきと働いているか」とか「積極的かどうか」などの、人間関係にまつわる、ふわっとした特徴量を定量化できるメソドロジを示せた、ということは、大きな成果だと思いました。
法則2:組織のフットワークは定量化でき、軽い組織ほど利益率も上がる
組織の<重さ>研究と呼ばれるものがあるそうです。
- 作者: 沼上幹,加藤俊彦,田中一弘,島本実,軽部大
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2007/08
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「組織の重さ」とは、新しいことを生み出したり変化しようとする際に、組織の構造や在り方がその阻害要因になる度合をさしています。
言い換えれば、「軽い」組織は、思い切った政策転換が容易で、新しいものを生み出していく創発力を持っている、ということです。*4
この研究自体も面白いのですが、この研究で示された知見の一つとして、
会話が行われた状態を「直接対決」「強権」「妥協」「問題回避」に分類する*5と、「直接対決=徹底的に議論して、議論で白黒つける」のコミュニケーションが多い組織が、いわゆる”軽い”組織で、”重い”組織と収益率には有意な差が見られるそうです。
すでに私たちは、ウェアラブルデバイス等で、会話状態とその身体活動を可視化できることは見ました。
デバイスにより、会話の「双方向率」が定量化できるので、その組織の<重さ>が定量化できるわけですね。
なんとなーく日々の仕事をしていると、「強権」か「妥協」のカードを切りがちで、正面切って議論すると無駄なエネルギーを使って仕事が進まないような気がしていたのですが、「直接対決」が多い方が収益が上がるというのは意外だなー、と思いました。
- 作者: 伊賀泰代
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2012/11/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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大手コンサルファーム出身の人が書いた本ですが、アイディア力だけじゃなく、思考体力(同じことを何日も何日も考えられ続ける力)が大事だ、みたいな話が出てくるのですが、思い出すような話でしたね。
また、同様に、ソーシャルグラフの可視化により、社員の人脈や、ネットワークの独立度、リーダーシップなんかを可視化。
経営統合した組織で、ソーシャルグラフによるチームのマネジメントを行なった例が出てきました。
しかし、こういう実験をするのって、根回しとかめっちゃ大変そうって思いました(小並)。
法則3:ビッグデータ時代の仮説発見と検証は、人工知能にやらせたほうが遥かに効率的
もうそれ法則じゃないじゃん、っていうのはさておき。
上述したような話を総合して、1個の経済活動システムそのものをマネジメントした例が出てきました。
具体的には、とあるホームセンターの売り場をまるまる実験材料として、
人間の専門家 VS 日立の汎用人工知能「H」の直接対決を行なったそうです。
“AIもどき”が多すぎ、日立の汎用人工知能「H」を矢野氏が語る - 日経テクノロジーオンライン
結果的には、人工知能の圧勝。
売り場のあるスポットに、従業員の滞在時間を長くするように指示を出し、そのことにより、「なぜか」売上が向上し、従業員の身体的活発度も向上。
一方、人間の専門家は負けたばかりか、出した指示になんの有効性もないことが定量的に明らかにされてしまったとか。
まあ、この実験って開発したAIの実績作りというか、出来レースなような気がしないでもないですけどね。
この実験にて売り場で観測されていたのは、顧客の導線や、従業員の位置・身体的活発度、売上など、多岐に渡る複雑で大量のデータ、いわゆるビッグデータなんですが、この事例により、人間がいちいち仮説を立てることの愚かさと時間の無駄さが明らかになってしまいました。
多分、少し前にもてはやされたデータサイエンティストとかはみんな失業することでしょう(笑)
冗談はさておき、本書の考察の中で、「人工知能のできること・できないこと」の話が出てきて興味深かったので引用したいと思います(一部、編集・要約。)
第1:学習するマシンは解くべき問題を定義することができない、適切なデータを自ら収集することはできない。
第2:目的が定量化可能で、これに関わるデータがすでに大量にある問題にしか適用できない。未知の状況、目的が曖昧、定性的である課題は人間にしか取り組めない。
第3:マシンは結果に責任を取らない。
これだけ抽出すると「そうだね」という感じなのかも知れませんが、なかなか含蓄深いです。
先の事例でも、何が目的関数と関係あるかわからないので、とにかく大量にしらみつぶしにデータを取るために実験の段取りを行なったと思うのですが、そういったプロジェクトの発足、コスト支出に係る社内の決裁(意思決定)の根回しも気が遠くなりますし、また、マシンが出せるアウトプットとして、「従業員を一人そこに立たせてください」くらいの抽象的な指示を出せるようなシステムの設計をするというのも、なかなか難しそうな気がします。
本書でも出てくる話ですし、私も考えていたことなのですが、この「何が目的関数と関係あるかわからない」ってシステム導入のものすごい抵抗になると思います。
私は土木業界というまあこういう話と縁遠い世界の会社にいるわけですが、昨今の国土交通省とかのi-constructionの流れを受けて、うちの社長がそういう新しい物好きなので、現場に向かって、「ビッグデータとかIoT使って、何か提案営業はできないのかよ」的な調査もんとかが投げつけられてきて、私とかが「若くて頭柔らかいんだからなんかないの?」とか言われたりするんですけど、ビッグデータしかりIoTしかり深層学習しかり「こういうことしたらなんかできるかも・わかるかも」的な探索的なアプローチじゃないですか。
かつての第3次産業革命の時と違うのはそこなのかな、と、そんな感じがしています。
だからこそ、わかりやすくメリットを提示できるようなプレゼンの仕方ができれば、勝てるのかな、と。
あと、私は人工知能が発達した未来を妄想するのが好きなのですが、
今のような深層学習系、強化学習系人工知能が発達した社会において、人間は「定量不能であるか、曖昧であるか、複合的な課題の解決」に専念するようになるのだなー、と。そういう風に明示的に言葉で認識できてよかったです。
例えば、「社会間格差と経済的な生産性の両立」とか「いじめをなくすには」とか「愛する人を本当に幸せにするにはどうしたらいいんだろう」とか。
以下、もやっとポイントです。読まなくていいです。
1 人間行動の法則が、<今・ここ・私>にすべからく当てはまるわけじゃないだろう
ウェアラブルデバイスによる人間の身体活動の加速度計測からわかった、U分布の話です。
以下、引用の引用をしていきます。
恐るべき「データの見えざる手」。あなたは「意志が弱い」のではなく、「U分布」に従っていないだけかもしれない : まだ東京で消耗してるの?
これがU分布です。中身としては指数分布だそうです。
統計力学は大学の時全然勉強していなくて、理解に苦しんだのですが、ボルツマン分布という粒子のエネルギー分配則にまつわる確率分布があるらしく、
本書では、そのボルツマン分布にU分布に似ていることから、話が進んでいきます。
君はエントロピーって言葉を知ってるかい?(2) - 小人さんの妄想
ボルツマン分布は、粒子が取りうるエネルギーの組み合わせを最大化する組み合わせのことで、エントロピー最大化の法則に従って、最終的にこうなるであろう分布の形のようです(上記リンクがわかりやすかった)。
言い方を変えると、粒子のエネルギーを乱数状態で最初に与え、ランダムに粒子同士のエネルギー交換を行うシミュレーションを「十分な回数」繰り返すと得られる分布ということでした。
つまり、人間の活動も時間帯を細切れにして考えていくと、「ある時間帯とある時間帯の間に、何かしらのエネルギー交換則のようなものが働いている」可能性が示唆される、と。ここまでは納得できるのですが。
人間の運動がU分布に従うことを考えると、結局、1日の時間を有効に使うには、さまざまな帯域の活動予算を知って、バランスよくすべての帯域の活動予算を使うことが大切だと気づく。これを無視して、ToDoリストを作ったり、1日の予定を決めたりしても、結局はその通りにはならない。
単純素朴に立てた計画は、有害でさえあるかもしれない。なぜなら、この原則を知らないと、予定をこなせなかったのは自分の意志が弱かったためではないかと、自己嫌悪に陥るかもしれないからだ。
しかし、それは違う。ToDoを実行するのに必要な自分の帯域ごとの活動予算を単に使い果たしてしまったので、それ以上できなかったにすぎない。
(中略)活動予算を使い尽くすとなにが起きるのだろう。おそらく、それ以上その活動ができなくなる、あるいは、やりたくなくなると推測される。なんとなくそれ以上続けるのは気が進まなくなる、という経験は誰しもあるはずだ。
そのときは、実は、活動予算を使い果たしていたのかもしれない。
それを更に発展させた活動予算の考え方は、論理の飛躍があるような気がして「?」と思いました*7。単一タスクをやり続けることが確率的に低い現象になっていくなるのはわかるけど、「予算」みたいなゼロサムな考え方となじまないような・・・。言うて俺の意思でどうとでもなるでしょ、とも思う。
いや、直感的には納得できるんですけどね。ずっとデスクワークしかない週とかだんだんやる気なくなっていくし、軽く運動した次の日とか、すごく集中できるとか、そういうヒューリスティックな実感はあるんですけど。
とりあえず論よりデータなんで、ウェアラブルデバイス買って、自分の加速度ログを解析してみようと思います。
2 みんなでよく動いて幸せになろうよ、ってなんかキモくない?
2つ目のもやっとポイントです。まだ考えが十分に言語化できていないので、言葉が汚いです。
ITが生産効率を下げる可能性みたいなのに言及していて、バーバルコミュニケーションは実は10%くらいしかないので、電子メールとか導入されて効率的になっているようだけど、実は昔ながらの決裁のようなものが、データから見ると、ノンバーバルコミュニケーションとして機能していたんですよ、と言う話がありました。
あと、身体的活動が伝染、ハピネスも伝染、やる気も伝染していくので、昔の社員総出の大運動会みたいなのには、意味があったんだと言う話がありました。
この辺の話に疑問符です。せっかく便利なものがあるのに、使わないの? って言うのと、あと、紙の決済ってめっちゃ時間かかるじゃないすか。定型的なものはどんどん省略しましょうよ、と思いました。
あと、せっかく働き方が見直されるようになってきて在宅勤務とか、本当の意味でのフレックスタイムとかが社会的に承認を得てきた中で、時代に逆行してまた過重労働を生みかねないな、と*8。
じゃあ、ノンバーバルコミュニケーションなコミュニケーションをできる電子デバイスを開発すべき、と思います。
ハピネスを増やすように、組織をマネジメントすると言うのも、ちょっとうーん、って。
PSYCHO-PASS - Wikipediaってアニメあるじゃないですか。超面白いからみんな見てると思うんですけど。
設定だと機械で一方的に色相(物語世界の中での精神状態、犯罪傾向を示す指標)を判定されてOKされなきゃ強制的にカウンセリング施設に送られるんですね。
あれみたいな感じで、社内システムから、自分の身体的行動をモニタリングされて指導されるのってなんかやだなーと。
更に汚い言葉で言うと、偉いおじさんが「挨拶がちゃんとできるやつは仕事ができる」っつって、大きい声でみんなで挨拶するというのを強制してくる体育会系なバイトの感じと言うか。
私は「お金のために時間を切り売りしてるけど、心や気持ちを切り売りすることだけはしない」と日々思って働いていて、何を思考しようが、やる気あろうがなかろうが、アウトプットさえ出せば自由だろと思っているのですが、ついに心まで雇われる時代なのか、と思ってしまったり。
私はギリギリ社会不適合者なので、同調圧力とか、均一的な管理というものに対する嫌悪感からこう思うのかも知れないですけど。
従来型のアメとムチじゃない管理が主流になってきて、管理者側の考え方が進歩するのはいいだと思うのですけど、私は「くだらねえと呟いて冷めたツラして歩く*9」人間がいてもいいんじゃないかと思ってしまうのです。
色々書きましたが、これからの働き方とか、テクノロジーとの共存を考えて行く上で、必須となるような議題が多く、興味深いし、おすすめです。
何より文章が流麗で読みやすいので、引用したトピックも、直接本で読むほうがわかりやすいと思います。
*1:いや、タイトルそのまんまやないか!
*2:本書で事例として紹介されるウェアラブルデバイス実験を行う前に科学的に明らかになっていたこと
*3:どんな実験と解析を行ったかについて精査していないので当てずっぽうなのですが、これってもしかして社会の階層間格差を幸福度という軸で可視化しただけなんじゃないかという気がしています。邪推であって欲しいので、誰かご教授いただけると嬉しいです。
*5:さらに本書では、カトーア教授という人のコミュニケーション理論との比較と考察が行われていました
*6:ドイツが第4次産業革命「Industrie 4.0」を具体化へ | M2M/IoT | スマートグリッドフォーラム
*7:本だと、この説明に更に1個、熱力学の限界効率、カルノーサイクル?の話が挟まるんですが、それが理解できると納得するのかも知れません
*8:著者の考え方が古いというのではなく、そう言う風に捉える人を増やしかねないということ
*9:エレファントカシマシ「今宵の月のように」