カニカニクラブライフ

Python系技術メモ、書評とか

WBAI「作業記憶モデラソン2020」募集要領を読む。

WBAIのモデラソンがとても面白そうなので資料を読んだ、という記事です。
wba-initiative.org

モデラソン概略

以下のとおり。

  • 本年度は「作業記憶」をテーマとした第5回WBAハッカソンを企画しています。
  • この第5回WBAハッカソンに先立ち、広く作業記憶のモデルを募る「モデラソン(model-athon)」を企画します。このモデラソンでは、ハッカソンでの作業記憶タスク(下記)を解くための脳の仕組みのモデルを募集します。厳正な審査の上で授賞を行い、優秀なモデルには最大5万円を副賞として提供します

モデラソンのねらい

以下のとおり。

  • WBAIでは、汎用的な人工知能の開発に向けた最短距離は脳に学ぶこと、つまり全脳アーキテクチャ・アプローチであると考えています。
  • 作業記憶はプランニングなど多くの高次認知機能にとって必要なものであるため、その実現は全脳アーキテクチャ完成に向けた一つの重要なステップとなると考えられます。

評価方法

モデルそのもの評価と、応募作品としての評価の2段階があるようです。

汎用性、生物学的妥当性、簡潔さからなるGPS基準に基づいて評価されます。

さらに、以下の条件について、モデルの説明の中でアピールを行ってください、とあります。

(汎用性)ハッカソンのタスクを解くだけでない、より汎用性がある作業記憶のモデルに高い評価が与えられます。
(生物学的妥当性)実際の脳の構造(全脳アーキテクチャ)に合致したモデルに高い評価が与えられます。
(簡潔さ)他の条件が同じであれば、より簡潔なモデルに高い評価が与えられます。

脳型AGIを評価するためのGPS基準について | 全脳アーキテクチャ・イニシアティブ

応募はさらに、実装可能性、新規性(既存のモデルのコピーでないこと)、了解性をもって評価されます。

ハッカソンタスク詳細

モデルには汎用性が求められますが、後続するハッカソンでのタスクを解けることが前提になっているように読めます。

(Delayed)Match-to-sample タスクを用います。
Match-to-sample タスクは複数の図形が同じかどうかを判定するタスクです。
比較対象となる図形には回転や縮小などの操作が加えられることがあります(Invariant Object Identification)。Delayed match-to-sample タスクでは、基準となる図形が画面から消えた後に判定を行う必要があります。
エージェントは、新しいタスクセットを与えられる際に、数件の解答例の提示を受け、どの属性に注目すべきかを学んでタスクを遂行することが求められます(few-shot imitative rule learning)。
エージェントには(ボタンの選択が報酬につながるといったことを学ぶなどの)事前学習が許されます。
エージェントの視覚は(ヒトの視覚のように)中心視と周辺視を持つものとします。すなわち、中心視野は解像度が高く、それ以外の視野は解像度が低くなります。図形の正確なパターン認識を行うためには、視線を動かして当該図形を中心視野で捉える必要があります。こうして複数の図形を比較するには作業記憶が必要になります。

詳細は元の記事へ。

「数件の解答例の提示を受け、どの属性に注目すべきかを学んでタスクを遂行すること」とあることから、ある程度ヒトに近い知能を持つ動物の作業記憶のモデルが求められていることがわかります。

また、「エージェントの視覚は(ヒトの視覚のように)中心視と周辺視を持つものとします。・・・」とあり、観測対象を視点を移動させながら把握する、「能動的な視覚」の機能をモデルは持っていなければいけないことがわかります。

参考:図形知覚における中心視と周辺視の役割 吉田辰夫
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jje1965/18/3/18_3_155/_pdf

提出条件・締め切り

以下、一部編集。

・事前に参加モデルを置く GitHub ページを準備する。
・〆切までに応募フォームで指定した GitHub ページに 以下を置く。
 ・PDF または MarkDown 形式でのモデルの説明(英語のテキスト[〜2000語]およびアーキテクチャ図を含む)
 ・BIF形式(下記)のデータ
 ・Creative Commons ライセンスの表示
・〆切:2020年9月30日

BIF形式とは

WBAIでは、全脳アーキテクチャを記述・共有するための形式として information flow diagram の一種である Brain Information Flow Diagram (BIF) を提唱しています。今回のモデラソン参加者にはモデルの BIF(スプレッドシート形式)での提出をお願いします。なお、上記参照アーキテクチャの BIF はこちらになります。

WBAIでは、オントロジー言語の考え方に則った、脳アーキテクチャに特化したBIFという表現形式が提唱されていました。
具体的には、アーキテクチャを構成する要素、例えば海馬など、を回路(circle)として、クラスのように表現し、その間の関係もconectionとして表現するような形式でした。


docs.google.com

docs.google.com


さらに、「参照アーキテクチャ」、標準となるモデルの表現例がこのBIF形式で公開されています。
WMHackathon2020.bif - Google スプレッドシート


文脈と参考文献

公式ページには、以下のようにあります。

作業記憶の脳内機序ははっきりしたことがわかっていないようですが、以下のようなことがいえるでしょう。
・作業記憶は知覚表象に関わるので、知覚領野(前頭以外の大脳皮質)が関与する。
・作業記憶の内容(過去の知覚内容)と現在の知覚内容は皮質内で区別されなければならない。
・作業記憶は定義上執行機能が関わるので、執行機能に関与するとされる前頭葉が関与する。
・作業記憶には(上記から)前頭葉と知覚領野の間のネットワークが関与する。
・執行機能(前頭葉)は(知覚領野の)作業記憶の保持と終了の制御を行う。

また、参考文献リストとしては以下が挙げられています。

作業記憶についてはこちら:
Shintaro Funahashi: “Working Memory in the Prefrontal Cortex,” Brain Science, 7(5):49.
doi:10.3390/brainsci7050049 (2017)
計算論的神経科学の入門はこちら:
CCNBook: https://github.com/CompCogNeuro/ed4
眼球運動についてはこちら:
Okihide Hikosaka, et al.: “Role of the Basal Ganglia in the Control of Purposive Saccadic Eye Movements,” Physiol Rev, 80(3):953-78. doi:10.1152/physrev.2000.80.3.953 (2000)

まずは、前頭前野と作業記憶のおおよそ語られる仮説を理解します。

前頭前野はヒトをヒトたらしめ,思考や創造性を担う脳の最高中枢であると考えられている。前頭前野は系統発生的にヒトで最もよく発達した脳部位であるとともに,個体発生的には最も遅く成熟する脳部位である。一方老化に伴って最も早く機能低下が起こる部位の一つでもある。この脳部位はワーキングメモリー、反応抑制、行動の切り替え、プラニング、推論などの認知・実行機能を担っている。また、高次な情動・動機づけ機能とそれに基づく意思決定過程も担っている。さらに社会的行動、葛藤の解決や報酬に基づく選択など、多様な機能に関係している。

bsd.neuroinf.jp


また、connectuonとして、書くべきものとしては、以下のようなものがありそうです。

前頭前野の高次機能は神経伝達物質ドーパミンセロトニン、ノルエピネフリン、GABA(ガンマアミノ酪酸)などによって支えられている。これらの物質が欠乏すると、ヒトはワーキングメモリー課題の遂行、プラニング、意思決定や反応抑制の障害を示したり、情動障害を示したりする。

モデラソン説明ページの参考文献にある、「前頭前野のワーキングメモリー」の船橋先生の日本語の論文は、こちらで読むことができました。
内容に関しては同じなのか確かめていないです。

実行機能と前頭連合野の関与 船橋 新太郎 心理学評論 2015年 58 巻 1 号 55-71
DOI https://doi.org/10.24602/sjpr.58.1_55
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sjpr/58/1/58_55/_pdf/-char/ja

'船橋新太郎のjstage検索結果'

論文から抜粋すると、以下であり、ワーキングメモリのモデルで実行機能のある程度の説明が可能なこと、二重干渉課題により、2つの課題の遂行の中で限られた神経資源を奪い合うような挙動を示すことが、実行機能の機序を明らかにする手がかりとして使えそうなことが読めます。

また,実行制御機能により,複数の機能系を同時に,そして,円滑に働かせるためには,限られた量の神経資源を,それぞれの機能系の情報処理の必要に応じて配分したり増減したりする,マネージメント機能が不可欠である。この機能は,ワーキングメモリのモデルに含まれている中央実行系の機能と一致し,この機能にも前頭連合野が関わっていることが知られている。二重課題干渉を手がかりに,前頭連合野の限られた神経資源を2つの課題の遂行に必要な情報処理系が取り合う様子が明らかになったものの,このような調整がどのようにしておこなわれるのかは明らかではない。限られた神経資源の使用量を調整する仕組みが前頭連合野のどこかに存在するのか,それとも,そのような特別な仕組みは存在しないのか,明らかではない。ワーキングメモリのモデルの中でも最重要なシステムである中央実行系の働きを可能にする神経メカニズムを明らかにする必要がある。


公式ページでいう執行機能は実行機能とイコールで捉えてよさそうです。

締め切りが30日で資料を読むだけで終わってしまいそうですが、面白そうなので何かのフックが残ればいいと思い、応募のための活動を続けてみます。